英国人のポールコールマン氏は1990年に、2年後に開催されるブラジル、リオの第一回国連サミットで地球の自然、特に熱帯雨林の重要性を人類に呼びかける為に、カナダからサミットに向けて歩き始めました。
その行為は国連を始めリオのサミット参加者に認められ、UNEP(国連の環境機関)からアースウォーカーという名を授かりました。
以降、今日まで、41,000Km、36ヶ国を徒歩で訪問、各国の学校や公共施設、時には国有地等で植樹セレモニーを企画、その活動で実に1千万本の木が植えられています。
カナダからリオのサミットに向けての旅で、メキシコを徒歩していた時、メキシコの方々がポールコールマン氏に植樹の為の木を提供し、メキシコを去る頃には実に100万本以上の木が植えられたそうです。これは、道々現れてくれた数千人からのメキシコの方々の心からの贈り物で、これが最終的にはメキシコ政府が環境保護活動を本格的に支持するきっかけとなりました。
その後、ポールコールマン氏は当時紛争中のサラエボまで歩きます。ポールコールマン氏はこの紛争で亡くなられた人々の為に、又、如何に戦争が私たちが生きる為に必要な地球を破壊しているかを分かってもらう為に、木を植えに行きました。ポールコールマン氏のこの努力は(サラエボで)快く受け入れられて、以来、ポールコールマン氏は世界を歩き、木を植え続けています。
そして2000年に、ポールコールマン氏は英国から中国まで、1億本の木を植える旅を始めます。20世紀に戦争で亡くなったすべての犠牲者の為に一人一本、木を植える旅です。ポールコールマン氏はヨーロッパ、中東、そして南部アフリカを歩きました。
2002年8月に南アフリカで開催された第2回地球サミットに参加しました。
ヨハネスブルグのサミットで英国ブレア首相を始め、多くの政治家達との植樹セレモニーが実現。
これを機に中国までの旅にアフリカ大陸の縦断も加える事を決意。
その後、ケープタウン沖、ロベン島のネルソン、マンデラ氏の独房から徒歩を再開。
彼の心には迷いが無い。環境活動に自分の一生を捧げる覚悟には一心があって二心が無いということ。
2004年6月21日には富士山の麓、朝霧高原で世界平和を北米インディアン酋長と共に祈りました。
その2日後の6月23日に朝霧高原を出発、東海自然歩道を広島に向かって歩き始め、予定通り8月6日に広島の平和記念公園に到着。
2004年4月には、Global Peoples Assemblyという、世界市民の人権を守る団体より、Heart of Humanity Awardを受賞しました。
この賞は、なんと昨年はダライラマ氏が受賞しているのです。
2005年愛知で開催予定の愛、地球博(万博)では『地球を愛する100人』に選ばれ、会場で講演会を開くことも決まりました。